店主の
ひとりごと
紬の思い出 | |
先代であった母がいつもきものを着ていたせいか、子どもの頃に記憶した 衣擦れの音や、きものが肌に触れた時の感触を、ふと思い出すことがあります。 紬だったのでしょうか。 そのころはまだそれがどんな着物かといったことはわからず、ただ、きものを まとったやさしい日本女性がいつもそばにいた、という印象だけが脳裏に 焼き付いているのです。 ゴージャスで刺激的な出来事よりも、日常生活の中で肌で感じたさりげない 感触の方が、忘れられない思い出となって多く残っている。という経験は 私だけでしょうか。 最近、これからの世代に日本の文化を残したいと思うようになりました。 そんなとき、声高に言うのではなく、お互いに触れ合い、肌の温もりと共に 伝える方が、子どもたちの琴線に触れるのではないだろうか、そして目に 見えない財産を託すことができるのではないだろうかと感じています。 幼い頃、きものを着た母の膝の上で、よく泣き笑いしたものです。母の思い出が いつもきものと共にあるということは、そして、こんにち、そのきものと私が共にある ということは、私に与えられた数多くの幸せの中でも、もっともすばらしいことの ひとつだとおもっています。 |
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vol.1 (1999年6月発行)より | |
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